こんにちは、株式会社イノベーター・ジャパンの高尾です。今日は「ウェルビーイング」について、社長であり、社会構想大学院大学准教授でもある渡辺さんにお話をうかがっていきます。
「ウェルビーイング」をMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)に掲げた理由
ーー以前から当社は、ウェルビーイングを「MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)」に掲げていますね。その経緯や、会社の経営上、ウェルビーイングを重要視するようになったきっかけを教えてください。
ウェルビーイングという言葉を使い始めたのは、約3年前からです。元々、当社のミッションには「豊かさ」という表現があって、「人々のポテンシャルを引き出すことで、豊かな社会を実現する」ことを謳っていました。その「豊かさ」という表現を、「ウェルビーイング」にアップレートしたのが、その頃でした。
当社では従来から、「豊かさ」という言葉もウェルビーイングの意味合いで使っていました。でも、字面だけを見て「経済的な豊かさ」だけを指していると思われることが度々ありました。我々がミッションに掲げているのは、「みんな、お金持ちになろうぜ!」という話ではなく、「みんな、自分自身の考えるHappyを実現させよう!」という意味合いです。そこで、本来の意味を伝えるために「ウェルビーイング」という言葉に変えました。ーー豊かさという言葉をさらにアップデートし、より芯をくった表現にしたのですね。そもそも渡辺さんは、「ウェルビーイング」という言葉と、どのように出会ったのでしょうか?
それ以前から、豊かさに代わる言葉を模索してはいたのですが、その当時のクリエイティブディレクターと議論していたときに「ウェルビーイング」という言葉が上がってきました。
当時、この言葉はグローバルでも使われはじめた頃で、日本ではまだメジャーな表現ではありませんでしたが、「ウェルビーイング」を重要なものと考える潮流は今後も続くだろうと思ったので、当社が国内での啓蒙役もできれば…と考えました。
北欧と日本、「幸福度」に大きな差
ーーウェルビーイングというキーワードにたどり着いたのは、当社が北欧のデンマークと関わりを持っていることと、関係があるのでしょうか? デンマークは、国連の関連団体が発表している、世界各国の幸福度をランキングで示した「世界幸福度報告書」でも、毎年上位に位置していますね。2022年版では、フィンランドに次いで2位となっています。
参考:World Happiness Report 2022(worldhappiness.report)
そうですね。当社ではデンマークにオフィスを持っており、デンマークのカオスパイロットというビジネスデザインスクールとも提携をしています。僕が実際に行って見聞きしてきた経験は、自分自身の考え方にも大きな影響を与えています。
デンマークは、経済的にとても豊かというわけではありませんが、幸福度ランキングでは常に上位です。それはなぜなのか。僕が見てきた感じでは、一番顕著なのは「法律も含めた国の方針」かなと思います。国全体で、法律も含めた価値判断の基準が「人々が幸福になるのかどうか」になっているのです。
つまり、会社で言うならば「KPI=幸福度」ということになります。「それなら、幸福度は上がるよな」と感じました。
ーーこのランキングの基になったデータは、米ギャラップ社が各国・地域の各3000人程度に対して行った世論調査です。そして回答された現在の生活の満足度の値について、国連の関連団体が一人あたりのGDPや健康寿命などの項目を用いて分析した結果で、順位づけがされています。実際にヒアリングをしても、ランキング上位の国の人々は満足度が高いんですよね。幸福度と言い換えるならば、幸福度はインフラが整備されているなどの体感的なものはもちろんですが、「いろいろな要素の積み重なったもの」なのです。
ビジネスに関しても、自分が今一番時間を注いでいる仕事について、そこに自分が寄与できていたり、成果が得られていれば、幸福度は高まる、と思っています。
一人ひとりが「社会の中の歯車」 “どう動くか”を考える
ーー幸福度は、企業という組織の中でも高められるのでしょうか?
「組織の歯車になりたくない」といった発言を見かけますが、その考え方では幸福度を高めることはできないと思います。組織だけではなく、社会全体が「大きな歯車の塊」です。社会で生活する以上、そのシステムから逃れることはできません。ですから、まずは自分を社会の中の歯車であることを受け入れて、どう効果的に動くかを考えた方がいいと思います。
歯車には、動力源として動くものもあれば、周りの歯車に動かされるものもあります。重要なのは、「自分がその仕組みにカチッとうまくハマって、ギクシャクすることなく動いていること」です。でも、歯車は放っておくとズレてガタが出てきたり、動力と噛み合っていない部分が出てきたりしますよね。それが人間社会で言うところの、「あまりウェルビーイングではない状態」だと思います。そういう状態を作らず、「みんなが噛み合っている状態・ 適正である状態を作る」というのが、当社が考えるウェルビーイングです。
ーーみんなが適切な位置に設置され、かつ油が注されているような状態ということですね。
そうです。社会全体がそういうシステムならば、企業は「そのシステムにとっての一つのサブシステム」のようなものです。先ほどの歯車の話と同様に、結局そのサブシステムがうまく回っていることが、企業としての生産性が高い状態だと思いますし、社会に必要とされている状態だとも言えます。
しかし、近年のICTの発達によって、全体のシステムから若干ズレてしまっている企業も増えています。というのは、消費者がデジタル化しているなかで、「そこにどんな価値を提供していくか」を考えるとき、アナログなものだけではなかなか歯車として噛み合わない部分が出てくるからです。そして、「その噛み合わせを、きちんと最適化するのがDX」なのだと思います。ーー「DX」も、ウェルビーイングの一つの手段ということですね。先ほどの世界幸福度報告書2022年度版では54位、先進国では最低レベルです。そもそも日本では、ウェルビーイングを実現しにくいのでしょうか?
かつては「自分自身のHappyな状態」というのが日本でも個別にあったのだと思います。しかし、近代化とともに、いつのまにか「日本人としての幸せはこういうものだ」というような価値観が、前面に出てきてしまったように思います。義務教育のなかで、横並び思想が浸透し、「こういうことをする人が幸せなんだ」という意識を植え付けられたのではないか、と考えています。
そこが結構大きなボトルネックなんじゃないかなと思います。本当は、「自分の歩いている道のなかで、何が面白いのか」を探すことをやるべきなんだけれど、そうならなかった。
そのように考えると、例えばデンマークの教育は「個人個人が自分の意見を述べて、正解が一つではない」という環境なので、自分自身のウェルビーイングを求めることに取り掛かりやすい状態なのかなとは思います。
「ウェルビーイング」な生き方で、一度しかない人生に納得感を
ーー“教育現場”や“デンマーク”というキーワードから「ウェルビーイング」は連想しやすいですが、経営者としての渡辺さんがこういった考え方に興味をもったきっかけは何だったのでしょうか? 社会人になった頃からすでに興味があったのですか?社会人初期から、自分の基本的な考え方は変わっていません。ただ、以前勤めていた上場企業では「株主の意向で、自分のやりたいことを曲げないといけない」ということも経験しました。例えば、一時期流行していたソーシャルゲームでは、一部の子どもたちがお金をたくさん使ってしまいました。企業としては儲かるけれど、子どもにそういうことをどんどん誘発していくわけですよ。
ーーそう考えると、心が痛いところもありますね。
それで「これは自分の一度しかない人生を捧げるに値するものなのか?」と考えた時に、僕は「何かちょっと違うな」と思いました。その歪みが顕著に出てきたのが、自分の子どもが生まれた時です。「お父さんはお仕事、何やってるの?」と聞かれたときに、「こんなアイテム作って売ってんだよ」と言いたくないなと(笑)。
一度しかない人生だから、納得感を持ってやりたいと思いました。「地に足をつけて、素朴に必要なものだと言えるような、誇れる仕事をしたいな」と。それも、ウェルビーイングに通ずるものですよね。
「ウェルビーイング」は昨今のトレンド?
ーー上場している大手企業の中にも、「幸せ」という言葉を理念の中に入れる企業が増えてきています。従業員や顧客の幸せといった部分に着眼する企業や自治体が、なんとなく増えてきている印象があります。
確かにそうですね。トレンド自体はいいことだと思います。
ーー京セラ、KDDI、JALなどの経営を行ってきた稲盛和夫氏が、かつてより経営理念を「全社員の物心両面の幸福」としてきたのは有名な話ですし、近年では、トヨタ自動車の豊田章男社長が「トヨタの使命は幸せを量産すること」、積水ハウスの仲井嘉浩社長が「我が家を世界一幸せな場所にする」と表明するなど、従業員や顧客の幸せを口にする経営者が増えてきています。自民党内で「日本well-being推進プロジェクト」やその後継の委員会が行われるなど、政治の世界でもウェルビーイングが注目されていますね。日本も、高度成長期のような「イケイケドンドンで、みんなが伸びている時代」であれば、定量的な方針だけでうまくいっていたかもしれないし、みんながある程度満足感を得られていたかもしれない。でも、今はそうではないですよね。
「じゃぁ何に向かうのか?」を考えると、結局「ウェルビーイング」のほうに向かってくると思います。特にコロナ禍で組織が環境変化に置かれているなかだと特に、そのように考える経営者が多いと思いますね。
最近良く言われているSDGs(持続可能な開発目標)のなかでも、「Good Health and Well-Being」という項目にもあるように、社会全体の関心が高まっていると思います。
ーー次回も引き続き、「ウェルビーイング」をテーマに、当社の取り組み事例などについてお話をうかがっていきます!(後編へ続く)