前回は、厚生労働省が企業に求める「従業員のウェルビーイング」対策についてお話ししました。
同省が、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態を示すワーク・エンゲージメントや睡眠などの健康状態が、企業業績の向上に関係性がある」ということに触れている(*1)ことからも、「仕事以外の環境を含めた労働者のウェルビーイングの向上」を図っていくことが、いま企業に求められています。今回は、実際にウェルビーングの向上施策を導入している企業の事例を3つ紹介します。
楽天は「個人のウェルビーイングなくして、組織・社会のウェルビーイングなし」
まずは楽天の事例を紹介します。
1)なぜウェルビーイングを重要視するのか
2019年に経営陣にCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)を設けた楽天グループは、企業経営の中心に、ウェルビーイングを掲げています。創業メンバーの一人であり、初代CWOを務める小林正忠氏は、個人、組織、社会の3つの側面から、ウェルビーイングを高める取り組みを進めてきました。なぜ、同グループがそれらのウェルビーイングを重要視するのかについて、小林氏は2021年のインタビュー(*2)で以下のように答えています。
---------
「たとえ素晴らしいビジネスモデルがあったとしても、どんな価値観をもつ人や組織が運営するかによって質が変わる。だから企業文化は極めて大事です」
「サステナブルな経営をするためには、ウェルビーイングの視点が求められます。そして企業文化が保たれる仕組みをデザインすることは、ビジネスモデルのデザインと同様に価値が高いと考えています」
---------
同グループは、企業経営の根幹に関わる「設計」を示すビジネスデザインと同様に、ウェルビーイングは価値が高いと考えているのです。
2)「個人、組織、社会」の3つの層へ施策を打つ専門部署
そしてこのような考えのもと、同グループでは「個人、組織、社会」の3つの層からウェルビーイングを捉え、各層への施策を講じる専門部署を配置しています。
---------
- 従業員の心身の健康を支える施策(カフェテリアの食事提供やフィットネスジムの整備、在宅での柔軟な働き方の支援)<個人向け>:ウェルネス部
- 従業員と組織の心理的なつながりを強化する施策(チーム内でオンラインでの朝礼・夕礼の実施(*3)や、楽天主義の共有のための施策、ダイバーシティの推進)<組織向け>:エンプロイー・エンゲージメント部
- 社会に対するウェルビーイング施策(ESG関連情報の発信、企業価値の向上)<社会向け>:サステナビリティ部
---------同インタビューの中で小林氏は、「個人のウェルビーイングなくして、組織のウェルビーイングなし。組織のウェルビーイングなくして社会のウェルビーイング なし、です」と答えています。
3)誰でも見られるガイドラインを公開
ウェルビーイングへの取り組みは、社内だけにとどまりません。2018年に設立された「楽天ピープル&カルチャー研究所」は、2020年7月に「コレクティブ・ウェルビーイング」というガイドラインを、オンライン上で公開しました。「ある目的のもとに、ありたい姿を持つ多様な個人がつながりあった持続可能なチームの状態」を「コレクティブ・ウェルビーイング」と定義し、個人も組織も、“ありたい姿”を見つめ直すきっかけを積極的につくろうというメッセージを発信しました(*4)。
企業には組織のあり方を見直すのに役立つチェックリストを示し、個人には「さんまサイコロ」など雑談のきっかけや個人のビーイングの振り返りに使えるツールが盛り込まれています。
「一社だけがウェルビーイングって言っていても、ウェルビーイングな社会にはならないので」という考え(*2)に基づき、誰もがアクションを起こしやすいように仕掛けています。
ユニリーバが創る、新しい“あたりまえ”な働き方
次に、ユニリーバの事例を紹介します。
1)「働く場所や時間の制限をなくして柔軟な働き方」で、生産性が向上
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングスでは、コロナ禍以前の2016年より、「WAA(ワー)」(Work from Anywhere and Anytime)と呼ばれる、“働く場所や時間の制限をなくして柔軟な働き方”ができる人事施策を展開してきました。上司に申請すれば場所に関係なく仕事をすることが可能で、一日の中で働く時間と休憩時間を自由に設定できるというものです。
WAAにより多くの社員が「生産性が上がった(75%)」「生活が良くなった(67%)」「幸福度が上がった(33%)」という効果を実感し、ウェルビーイング向上に大きく寄与しています(*5)。
2)ワークインライフの考え方 -仕事と生活は本来天秤にかけるものではない
さらに、2019年にはワーケーションを推進する「地域 de WAA」をスタート。地方自治体(宮崎県新富町ほか8つの自治体/2022年3月現在)と提携することで、同社従業員は提携地域の施設をコワーキングスペースを無料で利用できるようになりました。地域貢献で社員のウェルビーイングを高め、イノベーションを生むことを目指しています。
また、2020年7月にはパラレルキャリアを推進する施策として「WAAP」(ワープ、Work from Anywhere & Anytime with Parallel careers)もスタートしています。
一連の施策をリードしてきた島田由香取締役人事総務本部長は、同社が「サステナビリティーを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパスを掲げていることを踏まえた上で、コロナ禍での変化や同社のビジネスについて以下のように述べています(*5)。
----------
「『サステナビリティー』には、人々が自分らしく働き、十分な収入を得て、心豊かに暮らし続けられるということも含まれます。コロナ禍でそれが脅かされているのなら、働き方や雇用の在り方を変えて、新しい“あたりまえ”を創っていけばいい。
それが結局は当社がビジネスを続けていけるようにすることにもつながります」
----------同社のサイト内には、「『ワークライフバランス』ではなく『ワークインライフ』を。」という言葉が掲載されています。“仕事と生活は本来天秤にかけるものではなく、仕事は人生の大切な一部”という考えによるものです(*6)。
働き方や雇用の在り方を変えて、新しい“あたりまえ”を創っていくことが、ビジネスを継続していく重要な手段であるということです。
これらの制度があることで、「会社を辞めるという選択肢は消えた」「家族をすごく大切にしながら気軽に仕事ができるようになった」という声もあり、今では、同社で仕事をする上では欠かせない制度”として浸透しています。
丸井、「挙手制」でウェルビーイングを実現
最後に、丸井グループの事例を取り上げます。
丸井グループ専属産業医を務める、医師の小島玲子取締役執行役員CWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)は、ウェルビーイングの考え方についてこう話しています(*7)。
----------
「本来、健康の定義とは、メンタル不調や病気を予防するといったマイナスからゼロの状態に持っていくことではなく『肉体的、精神的、社会的にも全てが満たされた状態』のウェルビーイングであることを指す」
----------
同グループでは、2016年から全従業員が応募できる「ウェルビーイング経営推進プロジェクト」を推進してきました。上位下達ではなく、参加したい従業員が志望理由の作文を書き、部署と名前が隠された状態で審査され、プロジェクトメンバーに選出。グループの風土として、以前から、プロジェクトへの参加、異動、研修受講、昇給といったほぼ全ての人事で社員が手挙げする(挙手制)カルチャーをつくってきた実績もありました。
同グループが挙手制にこだわる理由は、社員の主体性を引き出すことです。従業員のモチベーションを上げ、主体的に動ける風土を作ることで、個々のウェルビーイングが、グループに利益をもたらすようになっています。
まとめ -持続的な「ウェルビーイング」を追求するために
今回は、ウェルビーイングに取り組む代表的な3社の事例を取り上げました。取り組み方や内容はさまざまですが、施策を考える時には、一つ忘れてはならない大事なことがあります。
冒頭で取り上げた楽天の小林氏は、同インタビュー(*2)の中で、こう話しています。
----------
「社員が自分らしく生きることはもちろん重要です。しかし同時に、ハードシングスが人を育てるという側面もあります。社員のウェルビーイングを掲げるときには、経営側が事業の目的を明確に伝えていく必要があると思います」
----------社員にとって耳触りのいい施策だけを進めても、中長期的な意味での「幸せ」、また組織や社会にとっての「幸せ」に、必ずしも結びつかないかもしれないということです。
それぞれの企業にとって一番いい形でのウェルビーイングが追求されるよう、皆さんもさ色々な事例を参考にしてみてください。
*1 2022年度 雇用政策研究会「議論の整理」https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000959523.pdf
*2 Forbes JAPAN「楽天が目指すグローバルな企業文化 個人と組織と社会に「ウェルビーイング」を」2021/4/30 https://forbesjapan.com/articles/detail/41117
*3 HR NOTE「well-being(ウェルビーイング)とは? ビジネスの成功を決める‟従業員幸福度”の高め方」2022/1/13 https://hrnote.jp/contents/soshiki-wellbeing-20220113/
*4 Rakuten people & CultureLab「New Normal時代こそ、Collective Well-beingを考えよう<企業編>」 https://people-and-culture-lab.rakuten.net/project/124/
「ニューノーマル時代に向けて、コレクティブ・ウェルビーイングを考えよう」https://corp.rakuten.co.jp/collective-well-being/
*5 原田かおり「楽天、ユニリーバが目指す「ウェルビーイング経営」とは」Human Capital、2021/3/31 https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00045/032500001/
高下義弘「Beingの追求が採用と働き方を変えた ユニリーバ島田氏」Human Capital、2020/11/9 https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00005/110600004/
*6 ワーク・イン・ライフ(ユニリーバ) https://www.unilever.co.jp/planet-and-society/be-yourself/waa/
*7 原田かおり「丸井とキリンHD、ウェルビーイングで「手挙げ」「多様性」を推進」Human Capital、2021/9/15 https://project.nikkeibp.co.jp/HumanCapital/atcl/column/00059/091000003/