前回の記事(Appleや任天堂から紐解く、ビジネスデザインの成功事例)では、ビジネスデザインの成功事例として、デザイン思考を用いたAppleと任天堂の開発過程を紹介しました。
どちらも、「ユーザーの視点に立ち、仮説を立て、その仮説の中で新しいビジネスモデルを構築し、トライアルを重ねながら軌道修正する」というデザイン思考を用いて、爆発的なヒット商品を生み出した事例でした。さて、そのような「ほとんどゼロの状態から新しいものを生み出す」会社がある一方、「既存の事業・プロジェクトをマーケットに合わせてアップデートしていく」視点からビジネスデザインの手法を用いて、成功を手にした会社も存在します。
今回は、後者の手法を用いた成功事例として、富士通デザインセンターがコンサルティングを手がけた古河電気工業の事例を取り上げます。
同センターの取り組み内容をデザイン思考のステップに当てはめて紹介しながら、「企業がこれから、どのように付加価値を生み出していけばよいか」について考察します。
企業に共通する課題
2022年3月にWebに掲載されたインタビュー記事の中で、富士通デザインセンターは自社の業務について、「異業種の顧客からデザイン業務を受託し、顧客企業の強みを活かしたアウトプットでビジネスへの貢献を行っている」と答えています。
そして「“顧客企業に共通する課題”だと感じるもの」に、
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- 現在、顧客企業の柱となっている事業や基幹技術を、どう再活性化するか
- 新たに開発した基礎的なテクノロジーや素材をどうユーザーにフィットさせ、好意を持ってもらうか
- 最終的にサービスやプロダクトとして、第二、第三の事業として育てていくにはどうすれば良いか
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といった点を挙げています。今回、同記事の中で取り上げられた古河電気工業は、通信、エネルギー、自動車、建設、医療と幅広い領域で素材や部品を提供する企業であり、主要製品の一つである「銅箔」がさまざまな製品に採用されている一方、「一般生活者の暮らしには馴染みが薄い」といった課題を抱えていました。
富士通デザインセンターは、「どのようなアプローチをとれば、銅の魅力が正確に伝わるか」という古河電気工業の課題を解決するために、ビジネスデザインの手法を用いています。
既存の事業・プロジェクトをアップデート
同センターと古河電気工業の事例について、2021年のWebサイトの記事(*2)の中から引用(射線部)するとともに、以前に当ブログ(なぜ、デザイン思考がビジネスの場に必要なのか?)で解説した「ビジネスデザインを実現する、デザイン思考の5つのプロセス」である、
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- Step1 共感(Empathize)
- Step2 問題定義(Define)
- Step3 創造(Ideate)
- Step4 プロトタイプ(Prototype)
- Step5 テスト(Test)
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に開発過程を当てはめて、同センターの課題解決プロセスを見ていきます。まず、同センターは「生活を支えるものとしての銅の存在感を高めたい」というオーダーに対して、「古河電気工業の顧客やエンドユーザーから見た時に、どんなことが面白かったり、嬉しかったりするのか」を重視。
アイデア出しでは、デザイン思考のバックボーンである「利用者起点の発想」を大切にしたと言います(「Step1 共感」)。
今回、古河電気工業の主要製品の一つである「銅箔」について着目したのは、銅がもつ「抗菌性能」です。しかし、「コロナ禍においてこうした銅の性能に光が当たったものの、世間の認知度はそれほど高くはありませんでした」(「Step2 問題定義」)。実際、古河電気工業は当初「銅箔製マスク」を試作したものの、「プロダクトを作る以前に銅箔そのものをもっと知ってもらうための発信や働きかけが必要だ」との考えに至り、社外に協力を打診した経緯があります。
「デザインの力で現状を変えたい」と考えた古河電気工業に対し、同センターは、プロモーションや製品適用など、初めは「広い切り口」での提案を意識しました(「Step3 創造」)。
そうして試作と評価・フィードバックを重ね、できあがったのが、銅箔による「抗菌箸袋」「抗菌シール(アルコールボトル用)」「銅箔をパッケージにした菓子」などの「銅箔を用いたノベルティシリーズ」です(「Step4 プロトタイプ」「Step5 テスト(Test)」)。
一般の人たちが銅箔を実生活で触れる場を作り、「実際に興味を抱きやすいもの」へと変身させました。
「ユーザー側の変化」にうまく事業を合わせる
このノベルティシリーズは、受け取り手に楽しさを与える高いデザイン性を備えながら、同時に、コロナ禍でより重視されるようになった「抗菌」という機能美も兼ね備えています。
コロナ禍において「今の世の中で、どう付加価値を出していくか」を考えるにあたって、銅の持つ「抗菌」という特性に着目したことは、非常に価値のあることでした。
その特性に対し、デザイン思考を用いることで、「ユーザー側の変化」にうまく事業を合わせることに成功しています。
ビジネスデザインは、素材を生かして美味しくする料理のようなもので、「クライアントの強みをうまく抽出して、今の世界に合うように変えていく」いとなみそのものです。また、世界初のUSBフラッシュメモリーの発案者として知られる世界的ビジネスデザイナーの濱口秀司氏が、ビジネスデザインの仕事について、
「いくら面白く新しいアイデアも、実現できなければ意味がない。クライアントの技術力や経済力を踏まえて、実現可能なサイズに調整していくことも仕事」
と解説している(*3)ように、クライアントの技術力や経済力といった事情を総合的に見極め、対応していく姿勢が重要です。多くの企業では、経営管理に比重が置かれ、「どうやって数字を伸ばすか」ということばかりに注目が集まる風潮があり、「今の世の中で、どう付加価値を出していくか」というところに、目が向きにくくなっているのかもしれません(*4)。
大きな設備投資が望めない事情を抱える多くの企業にとっては、「今の世の中で、どう付加価値を出していくか」という視点は、非常に有効なものとなるでしょう。
当社代表の「ビジネスデザイン」に関する実践
当社においても、この「ビジネスデザイン」を実践しています。代表渡辺が、その経緯や詳細について語っています。
→インタビュー前編はこちら
→インタビュー後編はこちら
*1
https://www.advertimes.com/20220331/article379839/
*2 富士通プロダクトデザイン部×古河電気工業 「銅箔」の抗菌性能に着目するノベルティをデザイン https://www.axismag.jp/posts/2021/11/426897.html Webマガジン「AXIS」2021/11/11
*3 濱口秀司が語る、イノベーションを生み出す「ビジネスデザイン」とは? 【前編】https://www.advertimes.com/20171211/article262683/ 「AdverTimes.」 2017/12/11
*4 「ビジネスデザイン」とは何か?【後編】https://www.innovator.jp.net/blog/articles/what_is_business_design_02 Innovator Japan MEMBER’s Blog「OMOSAN」